正しい姿勢の定義は、人によって動きによって変わりますから、一概に決めつけることはできないと思いますが、ある力士の姿に、相撲における理想の姿勢を見出すことができます。
その力士は、横綱双葉山です。双葉山の立ち姿に、腰割りの構えに、蹲踞(注1)の姿勢に、相撲における理想の姿勢を求めることができます。
全身がゆるんで力みなく、それでいて足はしっかり地に根をはり、軸がスッと通った清々しさが、見る者を惹きつけます。
神々しいまでの立ち姿は、引退後親方となり理事長となってからも変わりませんでした。
相撲協会の記念式典での事です。式典が粛々とすすみ、理事長挨拶となり登壇した双葉山。担当の親方が、書いた挨拶文を渡し忘れ、慌てて取りに走る事態となりました。
満員の客席からドッと笑いがおこり、厳かな式典が台無しになりそうな雰囲気でした。ところが壇上の双葉山は、何事もなかったかのように、身じろぎひとつせず、何も言わず、微かに口元に笑みを浮かべながら、ただまっすぐ立ちつづけました。いつしか館内の笑いは収まり、みなの視線が双葉山に注がれます。
そのうちどこからともなく拍手が湧き起こり、しまいには涙を浮かべる人さえ出てきたそうです。
ただ立っているだけの双葉山の姿が、なぜ観ている人をこれほどまでに感動させたのでしょうか。
それは単に姿見がいいとか、背筋が伸びているとか、バランスがいいとか、そういったことを超越した、双葉山の内面に感じ入るものがあったからでしょう。
あくまでも透き通った心身の軸、ぶれのない囚われのない無私な心と体が、騒然としかけた中でも伝わったからこその、拍手であり涙なのです。
心身一如(注2)というように、ぶれない筋の通った心は、力みのない軸の通った体にしか生まれてきません。
重力に逆らわない、しなやかで力みのない体軸をつくるのは、柔らかな股関節であり肩甲骨です。
双葉山の姿勢を見るにつけ、相撲における腰割りや四股、テッポウといった稽古は、そういう体、そういう姿勢をつくるためにあるのだという思いを強くしています。
松田哲博
元・一ノ矢(いちのや)1960年生まれ、鹿児島県大島郡徳之島町出身。高砂部屋(入門時は若松部屋)所属の元大相撲力士。
琉球大学入学と同時に相撲部を興す。琉球大学理学部物理学科卒業後、若松部屋に入門(現在は高砂部屋)に入門し、史上初の国立大出身の力士となる。得意手は押し、出し投げ、肩透かし。
昭和58年の九州場所で初土俵。以来、平成19年の九州場所において46歳11ヵ月で引退するまで、24年間の土俵人生をまっとうする。序二段優勝2回。日本相撲協会の相撲指導員。
引退後はマネージャーとして高砂部屋の運営を支えつつ、シコトレの普及や相撲の物理的探究を続けている。
相撲部屋としては初のホームページを平成9年に開設、現在も運営中。朝日カルチャーセンター新宿で「シコトレ入門講座」開講中。
著書に『日本伝統のコアトレがすごい! シコふんじゃおう』(ベースボール・マガジン社)、『お相撲さんの“テッポウ”トレーニングでみるみる健康になる』(実業之日本社)、『1日1分のシコトレで股関節からカラダが整う!』(青春出版社)、『もっとシコふんじゃおう―1日3分で元気!』(ベースボール・マガジン社)など多数。
ホームページ『HYPER 高砂部屋』http://www2s.biglobe.ne.jp/~wakamatu/index.html